しかし、だ。

 ある種あの味に崇拝にも似た感情を抱いているがゆえに「畏れ多い」という想いもある。

 こんな素人中の素人があの味の真髄をいきなり教わろうというのはおこがましいんじゃなかろうか、と。

「せめて半人前くらいなった頃、あの店の入り口を叩こう」

 そう思った俺はまず他の店で修行を積むことにしたってわけだ。

 もちろん、その店だって十二分にうまい珈琲を淹れる店。

 いくら本命にアタックするための練習とはいっても、適当な店に師事したんじゃ意味がない。

 きちんとした基礎が学べそうな店を俺は選んだ。

 間違ったことを覚えて本命にフられた、てことになっちまったんじゃぁ目も当てられないだろう?

 青春時代を鼻紙に包んで丸めて排水溝に流したと思いきや詰まって逆流して大惨事! なんて馬鹿げたことをするほど俺は人生に排他的じゃぁないのさ。


 そして3年前、就職活動も大学進学も失敗に終わったことも手伝って、ようやく俺は今の店での面接を受ける決心をしたんだ。

 そんな想いを抱えてバイトとはいえ採用になったもんだから、初めてカウンターの中に入ったときの緊張といったらもう。

 パンツのゴムでバンジーに挑もうとするくらいの緊張感だったな。