とにかく、だ。

 そんな俺の脳みそを引きずり出して洗濯機でごわんごわんと洗ったあと月が24回巡る間延々と脱水した上に部屋干し乾燥をしてきれいさっぱりにさせて本当の感動を与えてくれたのが──この店の珈琲。

 それはもう傑作という他なかった。

 まず運ばれてきたときの芳醇な香りからして今までにない、それはそれはとても良い香り。

 鼻孔からするりと入ったそれは鼻の付け根でくすり、と微笑んで俺の脳を軽くゆすると肺の隅々までいきわたりじんわりと胸を熱くした。

 途端に純情を取り戻した五感が珈琲というものを形作るひとつひとつのものに敏感に反応をしめして身悶えを始める。

 カップの取っ手に通した指のほんの少し向こうが、あたたかい。

 空気を隔ててもなお伝わってくるその“体温”に俺はなぜか鼓動を早める。

 例えるなら、電車の座席で女性と肩が触れそうで触れないあの妙などきどき感に似ている。

 店内の雰囲気をあたたかく保っている間接光が降り注ぐとあたかもマディラ・シトリンが液状化したかのような錯覚を起こし、そのなまめかしい色合いにしばし時を忘れる。

 どうやらお隣の女性は大変お美しいようだ。

 なんてことを酔いしれながら思い浮かべていた俺はふと我に返ると、これはいけない、と冷めてしまう前に一口ほど口に含み……瞬時に後悔をした。



 その味の尊さに。