急にマスターがニヤリを通りこしてニヤニヤと笑い始めた。

「おまえね、おれが誰だと思ってんだ?」

「へ? 早乙女薫(さおとめかおる)42歳、喫茶『ピアニッシモ』のマスター」

「馬鹿やろう」

「あ、独身というのを付け忘れました」

「そういうこっちゃねぇんだよ!」

「いてっ!」

 どこの格闘家だといわんばかりのごつい拳が俺の脳みそを揺らした次の瞬間、マスターが俺の首に腕を回して、

「まゆみくんとなにかあったんだろうが、あ?」

「いっ!?」

 さすがに昨日今日の俺たちの雰囲気から察していたのか。

「おれもな、いつまでもおまえが腑抜けてたんじゃぁ困るんだよ」

 いや、この人なら“おくび”に出さずとも感づかれていたことだろうな。

「せっかくお膳立てしてやったってのに、な~にやってんだかな、おまえらは」

 そう──

「さっさと仲直り──いんや“くっついて”こいってんだ、よっ!!」

 なんたって、マスターなんだから。

「いっへぇぅぁい!!」

 俺は大急ぎで着替えて店を出ると、愛車にまたがって全速力で走り出した。

 背中に盛大な“もみじ”を一枚貼り付けて。