「そこだよ」

 困ったように眉をゆがめながらも口の端をくっ、とあげる。

「あのな、そこまでの覚悟を持って仕事をするやつぁそうそういやしないんだよ」

「そう、ですか?」

「おれがいっちゃならないんだが……いいか?」

 ずいっ、と俺に顔を近づけて、

 

「たかがカフェ・オレ一杯だ」



 
 思いも寄らないことをマスターは口にした。

「何度もいうぞ? たかがカフェ・オレ一杯だ。それをたった一度失敗したからって数百円の損害にしかなんねぇんだよ。誰がその程度でクビになるなんてことを考える?」

 そんなものなのだろうか?

 いや、マスターのいっていることがわからないってわけじゃない。

 しかし、だ。

 この店のカフェ・オレや珈琲の価値は値段じゃ測れない、そんな無粋なものでしか決められない価値であれば俺はこんなに珈琲に心酔しなかっただろう。

 だから、この店での一杯はそれだけの覚悟──そう、覚悟の上で淹れなければと俺は思うんだ。

「その面だよ」

「はい?」

 俺のこころの内を見透かしているのだろう、マスターはもう一度無精ひげをじょりん、とやるとニヤリ、と笑った。

「それだけのことを思えるおまえがミスをした。それをマスターであるおれがしっかりとフォローしてやれないでどうする、ってぇことだよ」

「? どういう……ことですか?」