「……あの、な」

「はい」

 あぁ、これでここも今日限りか。

「おまえ……」

「はい」

 ここをクビになったらどうするかな。

「だからな……」

「はい」

 そうだ、しばらく旅でもするかな。

 考えてみればこの土地近隣の味しか俺知らないし。

 外じゃどんな味が存在してるのかってのを探しにいくってぇのも悪くない気もする。

 うん、そうだな。

 そうするかな。

 そうだ。

 いっそ海外なんてのはどうだろう?

 中南米あたりがいいだろうか。

 いやいや、イタリアあたりの地中海も悪くない。

 そうだな、そうしよう。

 よし、じゃぁさっそくこのあとパスポートを──

「いっておくがクビにするつもりなんてないぞ?」

「これまで本当にお世話になりま──ふぇぁい?」

 深々と頭を下げる途中でマスターがなんといったかに気付き、腰を90度に曲げたところで固まりつつ頭を上げて小首をかしげた俺。

 無理な体勢で声を出したせいで奇妙な音が口から出た。