やりなおしができるなら、俺は何を犠牲にしたっていいさ。

 部屋に後生大事に置いてある貯金箱の中身をコンビニの募金箱に全部突っ込んでもいい。

 お気に入りの珈琲カップをフリーマーケットでたたき売りしたってかまやしない。

 バジルの栽培から丹誠込めて作った“ジェノベーゼ”もオマケにつけようじゃぁないか。

 さすがにオリーブの栽培まではできなかったが、一等高いイタリアはトスカーナ産のエキストラバージンオイルを使ってるとっておきの逸品だ。

 そう、こいつらを犠牲にしたっていいくらいなんだ。

 それは他でもない彼女への、彼女のためだけにある、俺の一生に一度の大舞台なんだから。

 けれど非情にも時計の針は加速する錯覚は起こさせても巻き戻るなんてことはできやしなかった。

 おかげでこの日のランチはいつもの1.5倍以上の売り上げとなり、俺は俺でカフェ・オレを失敗することなく作り続けることができたし、まゆみは一枚たりとも食器を割ることはなかった。


 結局、ひと心地ついたのは3時のおやつをとうに過ぎて夕飯のメニューをあわてて思い浮かべ始める頃になってからだった。