「だけど可哀想よねぇ、あなたに聞いた話じゃその二人、まだお互いを好きなんじゃない」


女の人が、気だるげな声で言う。


「……ああ。どこでどうすれ違ったのかわからないが、もう少し話し合えばなんとかなっただろう。
だけど麦のやつは変なとこで優しいからな……相手の幸せとか考えすぎた挙句、自爆したみたいだ」


――たぶん、今言っているのは、店長さんの勝手な見解。そう、だよね?


「……彼女、本当に別の人と結婚しちゃうのかしら?」

「さあな……一時の気の迷いだと信じたい。あいつはまだ彼女を好きだし……」



“アイツハマダカノジョヲスキダシ……”?



気が付いたら私は、ガタン、と席から立っていた。そして震える声で、緒方さんに言う。


「私……帰ります」

「なずなちゃん……大丈夫? 真っ青よ? 顔……」

「大丈夫、です……」


本当は大丈夫なのか自分でもよくわからない。

ただ、胸が苦しくて、息がつまりそうだった。


「――なずな?」


店長さんの低い声がそう言って、私の顔を見上げたのが視界の端に映った。

私はそれを振り切るように、椅子の背もたれに掛けていた上着を引っ掴んでお店を出た。


「なずなちゃん!」


ごめんなさい、と思いながら緒方さんの声を無視して、私は街中を無我夢中で走る。


崩れそうで崩れていなかった心のバランスが、一気に平衡感覚を失ってしまった。


店長さんの言っていたことは本当?

でも今さらそんなことがわかって後悔したところでもう……どうしようもない……


麦くんの手を離したのは、私……

そしてその手はもう、別の男の人に掴まれているのだから……