幾筋か流れ出た涙を何とか押さえ込んで、10分遅れでデスクに戻った。

慌しく働く人たちの中で、私の遅刻を咎める人はいなかった。

引っ切り無しに電話が鳴り、女性の元気な声が聞こえる、いつもの風景。

なのに、1時間前とは違って見える。

全ての輪郭がぼやけて、目から入る映像と、耳から聞こえる音とが微妙に合ってない。

私一人だけが水中にいるみたい。

だけど、コピーのボタンを押す指も、問い掛けに答える笑顔も、意識に関係なく勝手に動いている。

こんな時でもちゃんと仕事出来るんだ、やるじゃん私。

終業時間までミス無くこなした。

「金曜だし、ご飯行く?」

気付いているのかいないのか、高島さんがサラッと誘った。

「今日はちょっと、用事があるので。すみません」

「そう、じゃあ、また今度」

私もサラッと断った。

出る時に建都さんのデスクを横目で見ると、やっぱりメモや書類がたまっていたが、建都さんはいなかった。