ぽたり。
震えていた拳に、涙が一粒落ちた。
何で私、泣いてるの?
未練があった訳じゃないはずなのに。
違う、違う。
嗚咽を漏らさないように、唇を噛み締める。
いくら手の甲で涙を拭っても、ぽたりぽたりと涙は溢れてくるばかり。
違う、違う。
彼のこと、もう好きでも何でもないのに。
私が今、好きなのは――
「出よ。りこさん」
やっと来てくれた彼は、今までに見たことがないような険しい表情で。
「こんな顔もするんだ」と、また目尻から涙を零してしまった。
ガタンッ、と荒々しい音を立て、私を立ち上がらせて、手をぎゅっと握る。
「あ、あのっ、千景さん」
グイッと手を引っ張られ、バランスを崩した私は、千景さんの胸元に収められる。
店内の人が、さっきから私たちをちらちらと見ている。
「私、もう平気ですから……。だから……」
「だから?」
低めの優しい声。それにミスマッチな鋭い目。
「あれって佐々木さんじゃ……!」
「……りこ?」
振り向くと、驚いた二人の顔がはっきりと映る。
みっともなく泣いた私を、見て欲しくなかった。
何で、こんなことになってしまったんだろう。
どうしたらいいのか、どうすべきなのかも分からず、涙も止まらない。
「りこさん」
再度、千景さんに呼ばれ、私は上を向く。
あの時みたいな、深い深い黒。
今すぐにでも吸い込んでしまって欲しい。
そんな馬鹿なことを願い、また雫を流した。
その時だった。
私の震える唇は、彼の唇に塞がれた。


