バッグからハンカチを取り出そうとした時、後ろに薄暗くて大きな影が出来た。
「お嬢さん……?」
ゆっくり振り返ってみると、おろおろとしている、あのおじいさんだった。
……何てタイミングの悪いこと。
出来ればまさに今、こんな形で会いたくはなかった。
行き場所を失った右手で涙を拭い、立ち上がってぺこりと頭を下げた。
「こんにちは……」
「また会いましたね。……少し、あちらで話しませんか?」
さっき千景さんを突き放していた人とは思えないほど、穏やかな雰囲気だ。
上手な断り文句を見つけられないまま、私は黙っておじいさんの後をついて行った。
「本当は声をかけるべきじゃないと思ったんですがね。
何だか心配で」
「すみません……。あの、もう大丈夫です」
中庭の小さなベンチに腰掛け、一口緑茶を飲む。
因みにこれはおじいさんが買ってくれた。
まだちらほらとしか咲いていない花壇をぼんやり見つめながら、居心地の悪さを感じる。
「………世の中辛いことがいっぱいありますから。泣きたくなる時だってありますよ」
おじいさんはゆったりとした口調で私にそう言った。
もしかしたら、自分にも言い聞かせているのかもしれない。
哀しげに笑うおじいさんの横顔は、どこか千景さんと似ていた。
「実は私もですね、さっき息子と喧嘩したんですよ」
笑みを浮かべたままこちらを向いて、ポツリポツリと話し始めた。
「久しぶりに会えたと思ったら、散々なことを言ってしまいました。頭で考えていた言葉が全部消えて、結局また酷いことを言ってしまっていた。
この年で子育ては大変なんて言うのは可笑しいでしょうが、本当に、……私には出来ない」
弱々しく消えていったおじいさんの声は掠れていて、涙が出そうなほど、痛々しかった。
おじいさんは会社と息子二人の将来を考えているからこそ、千景さんに言ったのだろう。
私には分からない、もっともっと大きくて深い溝があるのだろう。
千景さんとおじいさんにとって、大事な問題。
これ以上、二人にあんな哀しそうな顔をさせたくない。
「……いつか、ちゃんと、和解できる日が来ますよ。きっと、じゃなくて、絶対に」


