とてもじゃないけれど、帰る気になれなかった。
あの会話を盗み聞きした後、千景さんの足音が消えたのを確かめ、ふらふらと病院の中庭へ向かった。
赤や黄色のチューリップが咲きかけている花壇の傍に座りこみ、さっきの会話を反芻する。
千景さんが、今持っているものを全部捨てる。
それはつまり、私のこともだ。
嫌だ。
嫌だ。
どうしよう。
涙が込み上げてくるのを必死で抑え、弱音をグッと飲み込む。
それでも、頭を駆け巡るのは、千景さんの優しい顔と、苦しそうに歪んだ顔だった。
千景さんは、優しい人。
強くて温かい人。
でもそれは、挫折や自分の弱さを知っているからこそ。
私が足枷になるようなことだけは、絶対にしたくない。
でも、離れるのなんて
「やだなぁ……」
我慢しきれなかった涙が、コンクリートに滲み込んでいく。
嗚咽だけは漏らさまいと下唇に歯を立てるも、くぅくぅとか細い声を抑えることは出来なかった。


