「佐々木?」
何も事情を知らない渡辺さんの声で、ハッとする。
さっと視線を落とし、メープルラテをごくりと飲んだ。
「どうかした?」
「ううん。何でもないよ」
ぎこちない笑顔を渡辺さんに見せた後、島上さんと目が合う。
今まで見たことがないような、不機嫌な顔。
はあっと大袈裟な溜め息を吐き、スパゲティの上でフォークをくるくると回している。
島上さんと私の間に、気まずい空気が流れたまま、昼休みはあっという間に過ぎ、定時になった。
帰り仕度をしていると、島上さんから呼び止められた。
……やっぱりね。
内心そう思いつつも、「待ってますね」とだけ言って頭を下げた。
一緒に会社を出る時、エレベーター内では何も話さなかった。
こういうところ、よく気を回してくれているというか、何というか。
言葉を探しているうちに、エレベーターは1階に降りていて、無言のまま、会社を出た。
最寄駅まで歩く間も、何も話さないから、耐えられなくて私から声をかけた。
「あの、島上さん……」
「『大丈夫だから』って、また言うの?」
そう言う前にはっきりと言われ、ビクッとする。
少し前を歩いている島上さんの声は、昼休みの時みたいに、低くて冷たい。
見えない表情も、手に取るように分かりきっていた。
「佐々木さんさぁ、お人好し過ぎるよ」
くるっとこちらを振り返った表情は、いつもみたいに、明るくて、気さくな笑顔。
あれ?と思いつつも、どう返すものかと曖昧な笑みを浮かべる私。
「最近仕事にのめり込んでいるのは、あれが原因だったわけだ」
「そう、ですね……」
歩幅を揃え、さり気なく隣を歩く島上さん。
「あの女の人、結婚指輪してたけど。もしかして、浮気相手は人妻?すごいねぇ」
冷ややかな視線と、蔑むような口調で話す島上さんを見たことがなくて、びっくりして見つめる。
「まだ、浮気と分かったわけじゃありませんから」
断定された悔しさか居たたまれなさからか、私も自然と突き放したような口調になった。


