「ああ、佐々木さん着てきたね」
グラスを置いて柔らかく笑う島上さん。
待っている間に相当飲んだのか、いつもより笑顔があどけない。
「お待たせしてすみませんでした……」
「んーん。気にしてないよ」
赤くなった頬を煽ぎながら、またヘラリと笑う。
酔った島上さんに水を勧め、腕時計を見る。
もう9時か。ここに来て2時間も経っていたんだ。
「今9時かぁ……。じゃ、俺は帰るね」
「そうですね。島上さん、大丈夫ですか?」
「えっ?佐々木さんここで待ってるんでしょ?」
「はい?」
話が噛み合わない。
待つ?私が?誰を?
ひんやりとした空気を感じ、もしかしてと島上さんを見上げる。
「待っててあげなよ、宇佐城さんのこと。好きなんでしょ?」
「え……」
まさかさっきのやり取りを聞かれていた?!
いやいや、でもあの部屋は結構奥だったし、私そんなに声出してないし……。
いつから島上さんは気付いてたの?!何で?!
「あの……」
言い訳とか、言い逃れとか。
そんなことは出来ないと思った。
慌てているからか、何て言葉にするのかさえ、分からない。
「佐々木さん、目ぇ泳ぎすぎ。そんなんだから分かりやすいって言われるんだよー」
クスクス笑いながら私の肩を叩くと、上着を着て鞄を取る。
「もしかして、もう付き合ってる?」
「はい……」
島上さん相手じゃ、誤魔化しても無理だ。
観念した私は、短い言葉だけで事実を伝える。
「そっか……。良かったね、宇佐城さんで」
最後に「お幸せに」とだけ言うと、島上さんは雪の中に溶け込んで見えなくなった。
「どうして言ってくれなかったの?」
なんて、言われるのかと思った。
それを言わないのは、島上さんの優しさなんだと思う。
何もしない優しさ。
今の私にとって、これ以上のものはない。
ありがとうございます、島上さん。


