「けど、逃げるのはここで終わり。これ以上逃げたって、なんにもならないわ。自分の居場所がなくなるだけだもの」

母親が子供あやすような声音で耳を甘くし、寝かしつけるような手つきで頭を撫でる彼女は、

「だから、」

僕の顔を両側から挟んで、スイと上を向かせた。

「まだなにかあるなら、私が聞くわ。これ以上、逃がしてあげない」

「……」

真っ正面から見た真乃の瞳は、強かった。真っ黒い眼がまっすぐに僕を見ていて、そこに、僕が映るほど、綺麗に澄んでいる。

その瞬間は、まるで催眠術に掛かったようだったし、だから僕は、誘われるようにして口を開いた。

「聞いて、くれんの……? 俺の……」

気持ちを、とは、まだ、言わなかった。

全ての感覚が、彼女の腕の重みとあたたかさだけで支配されて、痺れてしまっていたせいかもしれないし、ひょっとしたら、都合よくそこだけ、秘めたのかもしれない。

もしそうだとしたら、土壇場でなんて周到なヤツなんだろう、僕は。

「うん、もちろん。言い出したからね、聞いてあげるわ」

と、真乃はニッコリした。姉貴じゃ絶対見せない、あの笑顔だ。