彼女はきっと、ぬか喜びをさせたくない人なのかもしれない。

けど実際、同じように仲代先生からそう言われて、納得できるようものでもない。

人間なんて、解かりたくないものは、どうあっても解かりたくないんだ。起こってほしくないことは、起こった時のことを考える以前に、起こらないことを密かに願いつつ、目を背けるのが普通だ。

「あの、それは、防げるんですか?」

と、チョコを飲み込んだ姉貴が訊いた。さすがに自分のことだ、いつもは遠慮がちな声も、今は少し強い。

「完璧に、というのは難しいですけど」

一度メガネを外し、きゅっきゅとレンズを拭いてから、先生が言う。

「うーん、そうねえ、結構安直ですけど、こういうのは心の平安が大事なのよね。――秋乃さん、恋人はいらっしゃいます?」

「えっ、ここ、こいびとですか?」

ピクリと、そんな芸当できないのに、僕の耳が動いた気がする。

こい・びと?
姉貴に?

(ふっ)

いないない、いるわけがない、いたら、いたら……いた時だけど、いるわけがない。

心の中で僕は何度か首と手を横に振り、不意に、

(広田だったら、とりあえず、一度殺す)

思わず眉をしかめた。