広田医師が、姉貴にこんな顔をさせている元凶だということは、わかっていた。

いや、この瞬間、否応なく、認識させられた。

(まあ、姉貴がなんと思おうと、僕には関係ないさ。恋をしてるならすればいいし、僕がいろいろ口出しするようなことでもない)

目の前のことから顔を背けるようにして、そう思った。

僕には、関係、ない。

広田医師が言う。

「いえ、仲代医師はたしか、精神科でも特に多重人格障害などの権威でしたから」

「……」

黙り込んでしまった佐野所の顔は、もしかしたら、いや、もしかしなくても、絶対に多重人格のことを広田医師に知られたくないんじゃないかと想像させる、表情だった。

たとえるなら……

小さくて脆い喜びを失いたくないと訴えかけるような――

ひびの入った薄氷のような――

そんな儚さと憂いの表情とが入り混じった――

(なんだよ……)

僕は、誰をか、嘲ってやった。

(どのみち、いつもの姉貴の顔じゃないか)