あの人は……たしかさっき私も挨拶した、蘭さんの3歳上の先輩である三嶋(ミシマ)さん。

さっきはあんなににこやかに話してたのに……今はすごく厭わしそうな顔をしている。

本当は蘭さんのことをよく思ってないのかな?


話の内容も気になって、私はトイレの中で二人の声に耳を澄ました。



「先輩の彼女、結婚渋ってるんですね」

「そー、急に『まだ家庭に縛られたくない』とか言い出してさ。俺もせっかく手頃な女を見付けたってのに」

「へぇ。でも結婚ってそんなに重要なんすか?」

「当たり前だろ。守るべきものがある人間の方が社会的信用度は高いから昇進しやすいんだよ。薬指に指輪してるだけでも商談に有利だって話だし」



……知らなかった。結婚することって、そんなに重い価値があったんだ……


聴き入っていた彼らの言葉は、次第に私を暗闇へと引きずり込んでいく。