「おい、りんご飴あるぞ。食うか」と彼。
「うん」
わたしは恐る恐る彼の手をそっと握った。
彼はわたしを一瞥したけれど、その手を離すことはしなかった。
わたしは嬉しくなって、さっきよりも強く握る手に力を入れた。
「痛えんだけど」
「ふふっ」
夢だった文化祭デート。
今は彼のことだけを考えよう。
「ねえ伊織君、緊張しない?」
「んーなにが」
「もうすぐライブでしょ。たくさんの人の前で歌うんだよ。あーなんか想像したらドキドキしてきた」
「なんで莉子が緊張してんだよ」
「わたし、一番前で応援してるからね」
「勘弁して。気が散る」
「ひどい。でもわたし、伊織君が見えるところにちゃんといるから」
「…」
どうせまた「うざい」とか「キモい」なんて言うんだろうな。
そう思っていたのに、彼は黙り込んで、そのまま先を歩いた。
手を繋いでいたから、わたしも自然と前へと引っ張られる。
「勝手にすればー」
返ってきた言葉は相変わらず冷たい口調。
でもいつもと違って、少しだけ優しく感じたのはわたしの気のせいだろうか。
…やっぱり伊織君、変わった。
わたしと彼のカンケイがいい方向に向かっているんだって、そう思っていいのかな。
「…うん。勝手にする」
わたしが答えると、彼は微かに口端を上げた。