「羽生君、いい奥さんお持ちですねえ。僕ちん、妬けちゃうよ」
「うっせーよ。黙ってギター弾け」
、、、、、
いい奥さん、なんて。
否定しない彼に、わたしはひとり悦に入る。
「なにニヤニヤしてんだ。そこ突っ立ってないで入れば」
「えっでも…」
わたしが貼り紙に目をやると、近藤君は言った。
「あーそれは、羽生の彼女以外 ”立入禁止” って意味ね。練習の邪魔しなければオッケー」
「お前が一番邪魔してんだろうが」
「よく言うよ。大体羽生のせいで遅れてんだからなー。練習、誘うたんびに逃げやがって」
「俺は忙しいんだよ。参加してやってるだけでありがたいと思え」
「とか言ってぇー、彼女と一緒にいたいからだろ」
近藤君がからかうように彼のわき腹を突つく。
「そうだよ。文句あるか」
わたしは耳を疑った。
冗談に合わせていると分かっていても、嬉しさ半分、それから恥ずかしさ半分でわたしの顔は真っ赤だ。
ヒュー、と周りの口笛がわたしと彼をはやし立てる。
「ここでもチューしちゃいますか?」
「あほ。練習再開すんぞ」
開いていた窓から吹いた北風にさらわれて楽譜がひらりと落ちる。
『青いベンチ』のイントロが流れ、彼は楽譜を拾いながら、ため息を吐いていった。
「なんでロックバンドなのにこの曲なんだよ」
ふっ、とわたしは笑みが溢れた。
「そこ、笑うな」と彼。
「…はい」


