猫に恋する、わたし


今、彼は都内のマンションに一人で住んでいる。

アパレル企業を経営している彼の両親が海外出張でなかなか帰ってこれず、彼が高校に入学する際にこのマンションを購入し、しかも家政婦も雇ったというから驚きだ。

でも彼はうざったいといって、勝手にクビにしたらしいけど。



高級とあって、コンシェルジュが常駐しているこのマンションに初めて来たときはまるで未知の世界だった。

きらびやかなエントランスホール。

何回来ても、今だ慣れずに、彼の部屋の呼び鈴を押す手が震える。


「わたしです」

「んだよ、来たのか」


無愛想な彼の声がスピーカー越しに聞こえた。

と同時にオートロックの玄関が開く。

てっきり追い出されるかと思っていたわたしはほっとする。



彼の部屋がある最上階までエレベーターで昇り、再びインターホンを鳴らすと、ガチャリと扉の開く音がした。


「伊織君…」


彼はトレーナーを着ていて、寝起きの格好のままだ。

ちらりとわたしを一瞥すると、無言でリビングに戻っていってしまった。

「お、お邪魔します」わたしは慌てて靴を脱いで、部屋に上がる。


「お、遅くなってごめんね。怒ってるよね?」

「…別に」

「これケーキ。コンビニで買ってきたものだけどよかったら食べて」

「いらねえ。俺、甘いもの好きじゃないから」


そういって彼はソファに寝転ぶと、スマートフォンでゲームを始めた。