「話ってなに?」
教室を出て右に曲がると突き当たりにある非常階段の踊り場で、彼と谷口さんが向かい合って座っていた。
わたしは気付かれないようにすぐそばにあった清掃用のロッカーの裏に隠れて聞き耳を立てる。
「キスした、って本当?」
やがて、谷口さんが口を開く。
「伊織君ってキスはしない主義じゃなかったの?」
「…そんなこと言ったっけ?俺」
「言ってないけど、…なんとなくそうなのかなって思ってた」
彼が前髪をかき分けながら、短くため息を吐いた。「愛菜」
「これは一方的にされただけだから。気にすんなよ」
「…」
「あいつら、たかがキスぐらいで大げさなんだよな。別にそれ以上のことはしてないし。愛菜が信じないならそれでもいい」
「信じるよ、信じる!でも…」
「でも?」
「愛菜のお願い、聞いてくれる?」
「…」
「愛菜とキスしてほしい」
鼓動が高鳴る。
「愛菜とキスしてくれたらもう何も言わない。お願い、キスして」
彼は押し黙って動かない。
長い、長い間だった。
そして痺れを切らした谷口さんが彼の唇を奪った。
「…ン…」
見たくない光景が目の前で繰り広げられる。
彼は抵抗することもなく、そのまま谷口さんの体を自分の方へ優しく引き寄せ、何度も深いキスを繰り返した。
ふたりの吐息が重なる度に、耳を塞ぐ。
耐えられなくなって、わたしはその場を離れた。


