「伊織君は優しいから愛菜の言ってほしいこと、してほしいこと、全部叶えてくれる。でもなんか遠いんだ、伊織君。愛菜のこと本当に好きなのかなって時々思うの」
谷口さんの気持ちが分かるような気がした。
彼の前はいつも大きな壁が立ちはだかっていて、どんなに追いかけても近づくことができない。
ー伊織君が本気で好きになる人なんているのかな…。
いたよ、と呟いてみる。
彼が大好きでたまらなかった人。
彼が愛していた人。
きっと誰もその人をこえることなんてできない。
「あっ伊織君帰ってきた」
昼休みに入って、谷口さんの声に振り向くと、彼が教室に入ってくるところだった。
谷口さんは嬉しそうな顔を浮かべたけれどすぐにその表情が曇る。
その理由はわたしもすぐに気が付いた。
「おいおい羽生。それ見せしめかー?」
クラスメイトの男子が次々と彼をはやし立てる。
「何が」
「とぼけんなよ。レミ先輩とイイコトしたんだろ」
「は?」
眉をしかめる彼の手元に女子から借りた手鏡が渡る。
それを見た彼は「ああ…」と納得がいった。


