「ごめ、ん」


え…?


「目を閉じて、由梨ちゃんが僕の曲を聴いてくれてるから。

嬉しくて。

可愛くて。

つい…」


そう言って下を向く朝日さん。


私はびっくりして、キャスター付きの椅子ごと後退した。


「あ、あのっ、えとっ。

きょ、今日は帰ります。

い、いろいろと、あ、ありがとうございました。

また、お会いしましょう。

し、失礼します」


「えっ?由梨ちゃん!」


私は朝日さんの顔も見ないで、部屋を飛び出した。


階段を駆け下り、マンションの自動ドアを出て、バス停まで一気に走り抜けた。


悪いけど私は足が速い。


あっと言う間にバス停に到着してしまった。


心臓が飛び出しそう。


ドキドキが止まらない。


初めてだった。


初めてのキス。


不意打ちだった。


しかも、もうすぐ結婚する人からの…。


なぜだか目に涙が滲んで来る。




初めてのキスは、


夏の香りと、


悲しい味がした。