《ママ、泣かないで…》
あなたの愛しい声が、
あなたの温もりが、
痛いくらい伝わってくる。
「千絵、ママがいなくても強い子に育ってね。
泣いちゃダメよ?」
千絵にはきっとこう言っている理由は分からないだろう。
それでもいい。
大人になってから分かってくれれば。
「ママ…」
何も言わないで。
そんな表情を見せないで。
心配でたまらなくなってしまうから。
「明菜さん、少しお話よろしいですか?」
「…え…」
肩に触れたのは、誰だろう?と顔を上げると、そこには優しく微笑む紫乃さんがいた。
「オレと千絵は席を外すよ。ほら、千絵おいで?」
光は千絵を抱きかかえ、違う部屋へと行ってしまう。
千絵は「嫌だ」と駄々を捏ねていたが、光が無理矢理つれていってしまった。
この空間に二人だけ。
あたしは光の浮気相手で、紫乃さんは本当の奥さん。
他人から見たら妙な光景だろう。
紫乃さんはあたしと向かい合うように座り、また小さく微笑んだ。
その笑顔に安心感を覚えるあたし。
カバンからハンドタオルを取り出して、涙を拭いた。
紫乃さんを見ると、やはり美人だと思ってしまう。
そして自分が惨めだと感じる。
「私ね、光が優しい人だって知っているの…」
あたしも知っているわ。光は優しい人だと。


