光があたしの手を握って、先を歩いていく。
あたしは千絵の手を握り、なにかに必死に耐えていた。
なにかがあたしを襲う。怖いなにかが。
これはあたしにも分からないこと。
「光…」
光の横顔が何かを物語っている。
その横顔に直視はできなかった。
窓から見える東京タワー。
タワーの赤色が、どこか切なく見えた。
きっとここから見る夜景は素敵なのね。
「着いた。ここだよ」
歩むのをやめた光は、ある部屋のドアを指差して、あたしに微笑む。
表札を見ると、そこには《源》と書いてあった。
どうやら嘘ではないようだ。
光が呼び鈴を押し、部屋が開くのを待つ。
…待って。
まだ心の準備ができていないの…。
「ママ、ここどこ??」
不思議そうな表情を見せる千絵。
あたしは千絵の頭を撫でながら説明をする。
「パパのお家よ…」
そう、光の家。
愛しい奥さんとの愛の巣。
普通なら嫉妬などするはずなのに、今のあたしにはそんな余裕はなかった。
嫉妬より怖さが押し寄せてくる。
もしかしたら、光の奥さんがあたしの存在を知り、怒りだして殴られるかもしれない。
遠くから近づいてくる足音。
そしてゆっくりとドアが開いた。
「おかえりなさい。」
この人が、光の奥さんの紫乃(しの)さんだ。


