アンヌさんは大きく横に動く。
それと同時にアンヌさんを掴んでいる私の手も揺れる。
さっきまでの恋する乙女な雰囲気はもう、何処にもない。
そこにあるのはただの“狂気”。
自我を無くしたモノの暴走だ。
アンヌさんを掴んでいない、左手を横に伸ばす。
『神内永遠子の名に命ずる!』
─────今、楽にしてあげるからね。
『邪気解散、桃誅冥冥(とうちゅうめいめい)!』
それは、モノに宿った悪しき感情を祓う詞(ことば)だ。
左手で五芒星を書き、力を左手ただ一点に集中させる。
力は体の中を循環する。体の中から湧き上がってくる、氷のように冷たく、それでいて何処か熱いそれ。
静かに息を吐き、熱を持った左手でアンヌさんに触れた。
「ぐっ……うああっ……」
『苦しいね、でもちょっと待って。』
暫く力を注ぎ込めば、呻き声をあげる彼女から黒い、大きな煙のような物が現れる。
それが、カミウチが対処すべきものだ。
今やアンヌさんの中は、カミウチの気で一杯。邪気からしてみたら、居心地が悪い事この上ないんだろう。
中に居かねて、外に出てきたそれ。
『来なさい!』
それが次に狙うのは、カミウチの気をアンヌさんに注ぎ込んで、濃度が薄くなったであろう“人間”である私。
呼べば、それは勢いよく私に向かって近づいてきた。
体に入ろうとしているんだろう。
勢いよく私の左手にぶつかった邪気は、進行しようとグイグイと私の手を押す。
『甘いね。』
入れるわけ、ないよね。
入れたら私もきっと、自我を失っちゃうもんね。お断りするわ。
カミウチの術は、大概が呪文を唱える系だ。
けれどこの邪気退散においては……最後は……
『……えい。』
思いっきり握りつぶす。
そうすれば、パリーンと音を立てて消えた。
最後は物理的方法です。
カミウチの御先祖様、どうして急に物理的方法に走ったんでしょうか。
そのせいでメキメキと強くなる握力に女子力の欠如を感じるんですが……。

