婚儀の後、サイードと美月はシャーラムの正装に着替えて晩餐会だ。そこで初めて、国王と美月の両親が挨拶を交わした。陽菜がまた通訳を買って出て、国王からは美月を絶賛された。
美月の両親も、過去の婚約で傷付いた件に触れながら、それでもサイードが誓いを立ててくれた事や、王族ながらすぐに挨拶をしてくれた事などを話し、サイードになら美月を任せたいと告げていた。重臣らもまだ戸惑いはあろうが、サイードと美月を祝福した。

翌日は王宮の外に大きく張り出して造られたステージ風のテラスで、国民へのお披露目を兼ねた婚儀の式典が行われた。そこでは正装し、改めて国王から美月へティアラが授与され、宣誓を行う。そしてサイードと美月の御印が公開される。鷹が抱くのは花を纏う三日月…鷹はサイードを、花を纏う三日月は勿論美月だ。
こうして抱き込む形の御印はこれまでにないデザインで、国民はサイードの宣誓の信憑性と同時に美月に対する愛の深さを知る。複数の妻を娶る事が許された国である為、継承権第二位までが持てる王族の御印は、妻を娶るたび主たる御印は変わらず、その周囲に妻をイメージした御印が増えるものだったのだ。
国王が二人への祝辞を述べ、サイードが答辞を返し、その中でも美月以外は妻にしないと公言した。

「ミツキ、ベールを」

サイードに向き直ると、そっとベールを外された。国民への初めての正式な公務は、顔を見せる事だ。どよめきと共に歓声が上がる。手を振るよう促され、サイードに腰を抱かれて寄り添い、控えめににこやかに手を振れば、国民からは更に拍手や歓声が上がる。アラブ系ではない、東洋人らしき造りは珍しく、肌の色も砂漠の国にはありえないものだ。
美月の名は、その日本語の意味もシャーラムでは話題になった。伝説の恋物語を彷彿とさせる名だ。二人で暮らすのがアッシーラで、更に月離宮と付けられた宮殿の名もそれに拍車をかける。

お披露目の式典を終え、ひとまずアズィールの王太子宮に入る。これからランチだ。

「これで暫くはゆっくり出来るな」
「え?公務は…?」
「蜜月の次はハネムーンだ」
「そうなのね」
「日本に行こうと思う。それからまた他の地を回ろう」
「日本へ?」
「あぁ、ミスターヤマグチはS&Jのミツキの父だろう?まだ挨拶をしていないからな」
「サイード!」

飛び付いてきた美月を抱き止めて、サイードは穏やかに笑う。そこに鬱陶しげにベールを取り去りながら、陽菜が駆け寄った。手にはラッピングされた箱がある。

「美月!はい、これ」
「あ…昨日言ってたお祝い?」
「そ。サイード殿下と見てね」

何かを企んでいるのがありありと見える表情なのだが、結婚祝いと言われては無下に突き返しも出来ず。しかも美月は嬉しげだ。

「ホントにありがと、陽菜」
「当たり前でしょ?」

微笑み合う二人は密かにS&Jの綺麗所筆頭とされており、居並んだ姿は確かに華美な花束だ。

「ヒナ、そろそろいいかな?」

そこに現れたのはアズィールだ。

「陽菜、仕事?」
「今日のランチはアズィール、殿下の主催だからね。私は秘書兼侍従紛いな扱いを受けてるわけですよ」
「心外だな、ヒナ。こんなに大切にしていると言うのにな」
「労働基準監督所に訴えようかと思うくらいハードでタイトな予定なんですが。第二秘書付けてくれたらそう思うようにします」
「全く…ヒナには頭が上がらないな。それに関しては善処しよう」
「…日本人に善処って響きは、建前なだけでやらないってアピールです」
「…手厳しいな」

まるで優しい夫と強気な妻のような構図だ。

「アズィール、殿下…お時間ですよ」
「そうか、では行こう。サイード、ミツキ…また後で」
「のんびりしてる時間はありませんよ、分刻みなんだから」
「わかったわかった」

二人に声を掛けた後、陽菜に引っ張られるようにアズィールも姿を消す。

「…ミズミシマは…雰囲気が変わったか?」
「…うん…ちょっとピリピリしてるのよ」
「兄上付きになったからか?」
「仕事だから仕方がないって理解してるはずよ。ただ…少し前から付き合いのある男性と…うまくいってないみたい」
「それで八つ当たり紛いに兄上が尻に敷かれているのか」

苦笑いする美月だが、陽菜の恋愛パターンを知るだけに心配だ。美月も陽菜も恋愛に苦労していた。自身にサイードがいるように、陽菜にも永遠を信じられる相手を…と、願わずにいられない。

「心配か?」
「うん…」
「…多分…兄上はミズミシマをハレムに迎えるつもりがあるのかもしれん」
「えぇ!?」
「昨日から兄上の侍従がいないのがいい証拠だ。ハレム内や諸所根回し…第一位の継承権を持つと、準備も半端でなく苦労が多い。この様子だと…ただの愛妾ではなく、妻かもしれん」
「…陽菜…」

アズィールは先んじてハレムに数人の愛妾がいる。妻ではないにしろ、それは日本人の感覚からすれば歓迎し難い。

「兄上も俺たちを見ている、日本人の感覚を理解しているはずだ。無策のままではないはずだ」
「…うん」
「信じよう。またミズミシマが悩むなら、今度はお前が支えればいい」
「うん」
「今は俺たちの時間を大切にさせてくれ」

そっと抱き寄せる胸に擦り寄る。

「俺の美しい月…」

応えてキスを贈ると、サイードは嬉しげにキスを返す。二人は声が掛かるまで、そうしてキスを繰り返していた――。