数ヶ国の使者は英語圏、ドイツ語圏、フランス語圏…ヨーロッパ系言語が得意の美月には問題のない範囲だ。だが王の侍従は通訳の手配を進言する。
「念の為に立ち会わせるが、よいな?」
「はい、陛下」
謁見の間、手配された通訳たちは手元に書き記し、それを見て通訳するが、美月はボイスレコーダーを記録としてのみ残し、聞いた側から通訳していく。そのやり取りは非常にスムーズで、随分と時間を短縮出来た。通訳たちが舌を巻く彼女の言い回しに回転の早さ。タイミングよく差し出される必要資料。
「…S&Jの秘書官たちは皆、こうして通訳するのか?」
「話の流れを折らない為にも必須ですので、最低限英語はそう出来るように皆努力しております」
謁見を終えて、王は美月をお茶に誘った。
「何ヶ国語使える?」
「人それぞれです。私は主にヨーロッパ圏を。こちらに転勤予定のミシマは中国、韓国やポルトガル語、ロシア語などです」
「ほぅ…ではミツキとミシマで七割近い地球人との会話が可能か」
「そうかもしれません」
「手際もいいのだな」
「光栄です」

王は美月の能力の高さに感心していた。

「ところでミツキ、何故アラビア語を?」
「入社の際、S&Jの資本元がシャーラムである事を知りましたので、ミシマと共に習う事にしました」
「ミシマも話せるのか」
「はい。秘書課内では英語が必須ですが、それ以外を話せる者がおりませんので、海外勤務をする営業部員が通訳をしておりましたが、余りに効率が悪いので、それからはミシマと分担して外語会話に通いました」
「会社経費か?」
「いえ。自分たちで自発的にです」
「意欲があるな」
「自分の為ですから。こうして活かす事が出来ていますし、自信にもなりました」

物怖じせず、しっかりと芯を見せる。女にしておくのが惜しいとすら感じさせる。

「サイードめ…出来た女を妻にしたものだ」
「ありがとうございます…陛下」

穏やかにお茶の時間を過ごした後、美月はアズィールの秘書に戻る事になった――。




「父はミツキに甚く感心していた」
「恐れ多くもお褒め頂けました」
「正式に支社の計画が動く事になりそうだ。それで暫くミズミシマをこちらに呼ぶ事にした」
「陽菜をですか?」
「そうだ。ミツキはこれから婚儀や式典に忙しくなるからな」
「あ…」
「今夜からはサイードの離宮だ。迎えが来ている」

そこにはカシムが待っていた。美月のスーツケースはすでに車に積み込まれているらしい。

「ミツキ様、お久しぶりです。お待ちしておりました」
「お久しぶりです、カシムさん」
「サイード殿下が花嫁をお待ちです。どうぞ」

車に乗り、砂漠をひた走る。一時間程、目標物のない砂漠を走った先に、宮殿が見えた。高い塀に囲まれたその門には真新しい紋章が見える。鷹が花を纏う月を両翼で包むデザインのものだ。
門兵が観音開きの門を開くと、中には緑と美しい細工の柱、そして――。

「ミツキ!」

止まった車に飛びつくようにドアを開け、美月を引っ張り出したのはサイード、その人だ。

「やっと俺の元に来た」

きつく抱擁され、美月もその背に腕を回す。

「ミツキ…俺の美しい月…待ち侘びた」
「サイード」
「王からの許しもある…これから婚儀までは二人きりだ」
「サ、サイードっ」

両腕で抱き上げ、宮殿内に進む。

「案内は追い追い。今はそれどころじゃない」

真っ直ぐ向かうのは、月離宮の最奥部に位置する主寝室だ。入ってすぐ、初めてサイードに抱かれた部屋と同じ香りがした。条件反射のように腰辺りが疼く。
キングサイズより大きいのではないかと思える天蓋付きの寝台は純白のカバーに薔薇の花弁が散らされていた。しかしそれをカバーごと鬱陶しげに払い、ベッドに縺れ込む。

「…やっと蜜月だ…まさかこうも早く迎えられるとは…」
「サイー……ん、っ」

降り頻るキスに言葉を紡ぐ隙すらない。再会を喜ぶ間もなく、互いに職務を全うしていた為、サイードは焦れていたのだ。腕を伸ばせば届くところに愛しい妻となる美月がいるにも関わらず、それが出来ず、生殺しの境遇だった。

「ミツキ…俺の美しい月…我が妻」

溶けそうな笑みのすぐ下には、猛々しい情欲が燃え盛っているのだ。縺れ合ってすぐに、二人の香りは媚薬の効力を発揮したらしく、サイードの滾りを煽るように美月は乱れてくれる。
美月からキスを強請られた。微々たる羞恥を残しながらももっと欲しいと言われた。そんな事だけで、自身に触れずに達する事が出来そうだ。美月に飢えていたサイードは、貪り尽くすように美月を突き上げる。

「ミツキ…この喜びをお前に伝える術が見つからない」
「…私もよ、サイード」
「無理を…させたか?」

外は白み始めていた。どれ程の時間を溺れて過ごしただろう。掠れた声が疲弊具合を教えてくれた。水差しからグラスに移した水を口移す。濡れた唇が艶やかで、つい深くしてしまうが、美月は拒みもしない。それ程までに疲労色濃いのかと心配になりながら、溢れる情欲を必死に抑える。

「大丈夫…嬉し、かったから」
「ミツキ…」
「サイードの熱が恋しかったの」

躯を起こしたサイードを求めるように腕を伸べれば、応えて躯を倒す。首を引き寄せて絡む腕に手を添えて、気遣いながら抱き寄せた。