木下は店に缶詰で休日もない。八人の学生バイトも学業との両立にギリギリらしい。これがあと五ヶ月は無謀だな。

呉羽が来るのでと甲斐社長がリアさんと共に急遽店を訪れた。現状には甲斐社長も眉間に皺を寄せた。

「本部の連中は?」
「全く使いモノになりません。バイトにも迷惑かけるわお客からはクレームになるわ…散々です」
「しょうもないな…上の連中は楽をさせすぎだ」
「…呉羽」
「なぁに?省吾さん」
「…一日に数時間なら復帰するか?」
「え?」

甲斐社長も木下も驚きの表情で俺を見た。

「その間、総吾は俺が見る。大概俺は社長室にいるし、敏明もいる。お袋も喜んで手を貸すだろう」
「省吾」
「征志郎にもそれ以外に策はないだろう?」

その問いに征志郎は苦笑いする。抜けた穴を何らかで埋めるは常だ。しかし呉羽が抜けた穴は呉羽でしか塞げない。ならばやむを得ない事だ。

「復帰、したいだろう?」
「でも総ちゃんはもっと大事」
「そうだな…総吾の為にも今は一日五時間、週三日まで。時間帯は応相談だ」
「木下店長、それで回せるか?」
「勿論。いっそ店内にベビーベッドでも置いてくれ」
「省吾さん…」
「頼めるか?」

甲斐社長がわざわざ私にお伺いを立ててくれる。省吾さんも背中を押してくれて…。総ちゃんの為にもいいお母さんになりたいって思ってるから、総ちゃんが大きくなるまで仕事はしないつもりでいたのに…生まれて一ヶ月の赤ちゃん放り出して仕事に出たがるお母さんなんて…お母さん失格だよね…。

「…呉羽、気負わなくていい。完璧な母親を目指す必要はないんだ。君は総吾になくてはならないが、ここにも必要だ」
「…でも……」
「大丈夫、呉羽にはちゃんと母親を全うしてもらう。ここでは息抜きだと思えばいい。総吾が起きたら連れてくるから」
「省吾さん忙しいのに」
「男にも育児休暇はあるんだぞ?俺を子育てに介入させないつもりか?」
「そんなじゃないよ…ないけど…」
「俺には仕事仕事で総吾の傍にいる時間は格段に短いからな…それに君ばかりが世話出来たり、君ばかり一緒にいられるのは狡いだろう?俺も総吾の親なんだから」
「俺もリアによく言った…お前だけにしか出来ないのは癪に障る、と。自分の子供の世話も出来ないなど俺のプライドが許さないからな」
「征志郎の言う通りだ。いずれ呉羽にしか出来ない事や俺にしか出来ない事は出てくる…だからせめてそれまでは、同じ役割を共有したい」

呉羽は穏やかに笑った。こんな表情は久々に見るような気がした――。
呉羽の復帰は瞬く間に客に知れ渡ったらしく、常連からは祝いに花をもらったり、歓迎ムードが暫く続いた。バイトスタッフらも覇気を取り戻した。何より彼らをやる気にさせたのは―――。

「総ちゃん、可愛いっ」
「あ、目開いた!」
「基本は旦那様似ですよね」
「親父が巽さんだったらすっげぇ自慢の親父だよな~」
「で、お袋が呉羽さんって羨ましすぎるだろ」

授乳に連れてくる度、バイトスタッフは総吾に癒されているらしい。
呉羽は離れている時間があると、会えた時いつも以上に我が子が可愛いと言った。




変わらないと思っていた俺の世界を変えたのは他でもない呉羽で、呉羽がいなければ征志郎や光一らとも今のような絆は生まれなかった。
全ては呉羽から始まった…一目見てその全てに惹かれた。

この奇跡を、必然となった偶然の恋を…君に一目惚れした俺に―――。

【love at first sight】…一目見た時、君に堕ちていた。