「リアさんと東雲が来てくれるらしい…二人はお前の母親の先輩だ、心強いな」
「省吾さんがいてくれるだけでも安心出来るのに…来てくれるなんて嬉しいな」

差し出された手を握り、額にキスを贈る。
昼前にはお袋に呉羽の母、リアさんと東雲も着いて一気に賑やかになった。

「間隔短くなったね」
「…ちょうど一分…そろそろ先生を呼んでくるわ」

やはり俺より頼りになるのは経験者だ。東雲が助産婦を伴って戻ると、俺は呉羽と共に分娩室に向かう。

「呉羽、お母さんになって初めての仕事よ」
「頑張ってね、呉羽さん」

両家の母親らに見送られ、分娩室の中で俺は白衣を着せられた。


正直…呉羽のこんなに苦しむ姿を見るくらいなら、もう子供はいらないと思わされた。代われるものなら代わってやりたい…と、心底願った。
征志郎はこれに耐えたのか?世界が変わるどころか生命の仕組みを恨みたくなった。呉羽に苦痛を強いるこの原理を……。

(省吾、立ち会うと世界が変わる…妻を見る目も価値観も…証が形となって姿を見せた瞬間――)

産声が響いた。

「男の子ですよ!おめでとうございます!」

臍帯が付いたまま呉羽の胸に手渡される小さな躯…差し出した腕に呉羽はそっと包み込んで、笑顔で涙を零した。

(お前の世界は全く新しいものになる。お前も呉羽さんも、そして子供にも新しい世界が生まれる)

「省吾、さん…」
「…よく、やった…ありがとう、呉羽」
「うん…うん!初めまして……頼りになるパパとちょっと頼れないママ、だよ」

臍帯や胎盤の処理、異常を確かめる為に一度助産婦に預ける。呉羽の唇にキスして微笑み合った。

生まれた子と病室に入ると、母らや東雲たちが出迎えてくれた。分娩室で産着を着せられた我が子を腕に抱いた時、はっきりと征志郎の言葉が胸に染みた。
掛け値なしにここまで愛しいのは呉羽だけだと思っていたが、俺の世界は変わった。

「省吾さん…羽津見、行ってきて?」
「ああ…報告しなければな」



こうして俺は式典の会場に向かった。一通り終わっていたが、滑り込みで解散前に間に合った。

「巽産業代表取締役の巽省吾です。大変遅くなりまして申し訳ありませんが…みなさんにご報告があります」

壇上からスピーカーを通して地元の人間や初日から湯治に来た客の耳に入る。

「私事ではありますが、私の妻は地元の方ならご存知の相模呉羽さんです。本日一時二十二分、2790グラムで男児を出産致しました」

歓声と共に拍手が沸き起こる。

「この羽津見の再始動と第一子誕生の日が一致したのは、偶然ではない気が致しました。この場をお借りして皆様にご報告出来た事を誰より妻が喜んでいます。ありがとうございました」


施設が整った羽津見は湯治客らにも大盛況で、予約も一杯だ。呉羽も両親から報告を聞いて喜んでいた。

我が子には総吾と名付けた。

半年違いの東雲の子とは学年は一つ下になるが、【ママ友】だと言い、リアさんと共に頻繁に会っている。
仕事は休職中だが、半年後には週二日程度復帰をする予定で、その間は俺の母に預ける。カリスマカフェスタッフ不在で本部の人間が急遽店頭に放り込まれ、これを機に本部でぬくぬくとデスクワークだけしていた奴らも再教育として店頭露出を義務付けられた。

出産から一ヶ月したある日、呉羽と総吾をフェイバリットに連れて行き、俺も久々に立ち寄った。

「呉羽ちゃん!早く復帰してくれっ!!」
「相模さぁん!」

着いて早々に木下やバイトが呉羽を見て叫んだ……相模は旧姓だ、何度言わせるつもりなんだ。

「店が上手く回らない…」
「なかなかお休みが取れなくて…」

何でも他店から応援を呼ぼうにも、誰も来てはくれないらしい。好き好んで本部のある繁忙店に、カリスマスタッフと言われる呉羽の代わりをやろうなどという仕事莫迦はいないらしい。