ちょうどクローズの時間で、店長は入り口のプレートを変えた。

「よろしかったら一杯如何ですか?」
「頂こうか」
「畏まりました。席までお持ちします」
「悪いな、閉店したところに。これから予定もあったろう?」
「いえ、呉羽の部屋に帰るだけですよ。こちらへどうぞ」

省吾さんと甲斐社長は喫煙スペースに向かった。
二人分のコーヒーをトレイに喫煙スペースに入る。

「お待たせしました、ウィンターブレンドです」

マグを置き、軽くお辞儀して出ていこうとして、甲斐社長に呼び止められた。

「ああ、ここにいてくれるか?君に頼みたい事があって来た」
「あ…はい」

省吾さんの隣の椅子に座ると、甲斐社長は溜息をついた。

「実は妻の事でね」

そう言われてピンと来た…東雲さんの用件と同じかも?

「あの…もしかしたら、東雲さんと同じお話…ですか?」
「東雲が?」

私は昼過ぎに東雲さんが来た事やそこでした話をした。

「さすがだな…よくわかっている」
「近々一緒に来て下さるそうなんです」
「そうだったか…二度手間かと思ったが、そうでもなかったようだな…輝一が大層ここの豆を気に入ったらしくてな」

コーヒーを口にしながら甲斐社長がタバコに火をつける。

「うちでも豆は全てここで購入してます。東雲も注文表を持っていったらしいですし」
「そうだったか…うちも便乗するかな。明日、秘書を伺わせるよ」
「あ…ありがとうございます」
「またいらして下さい。お待ちしてます」
「そうだな、是非寄らせてもらうよ」

甲斐社長を見送ると店長から上がっていいと言われて、省吾さんと一緒に部屋に帰る事にした。

「今夜は外で食べようか」
「どこ?」
「君が気に入った和食レストラン」
「イっ…インペリアル!?」
「ああ…一度商談に使って以来、いつか誰かと…と思っていたんだが…呉羽が初めてでよかった」

すでに予約してあったみたいで、前と同じ個室に通された。
前はよくわからなかったけど、今日ははっきり美味しい♪

「呉羽、実はあと一週間で新居が完成するんだ」
「え?」

もう…?あと一週間でこの生活も…終わっちゃう、の?

「急がせた甲斐があったな…」

しかも急がせた…?そりゃうちは住みにくいかもしれないし、新居は楽しみだろうけど…淋しいよ。

「呉羽?…喜んではくれないのか?」
「そんな事ないよ?よかったね、省吾さん」
「…嬉しそうには見えないがな」
「…ちょっと…淋しいだけ」
「…そうか…短くてもあのアパートが呉羽の家だったからな」
「……?」
「気に入ってはいるだろうが、あと一週間で準備を……」
「??」
「呉羽?」
「…省吾さん…?」
「どうした呉羽、明日からは手続きや引っ越し準備で忙しくなるんだぞ?」

よく…話がわからないのは私のせい…なのかな?

「…そうか…すまない、呉羽。俺は初めからそのつもりだったんだ」
「?」
「新居には呉羽と住むつもりだ」
「えぇ~!?」
「君の部屋で暮らしている間に特に強くそうしたいと思ったし、帰ったら君がいて手料理と共に迎えてくれる生活が酷く心地よかった…」
「省吾さん…」
「甲斐社長とパーティーで少し話をしたんだが…期間は関係ないと思ったんだ。同居と共にこっちも考えてくれないか?引っ越す前にご両親にもご挨拶に行くよ」

食事が終わりかけたテーブルに私が記入するだけになった婚姻届…婚姻届ぇ!?

「一目惚れなんて…初めてだった。呉羽は俺に初めての幸せを多く与えてくれた。俺も呉羽にとってそうなりたい」




それから新居に移るまでの一週間は嵐のようで、何度もお役所に足を運び、荷物を整理したり。
甲斐社長の奥さんのリアさんとも会ったり。

出会って二ヶ月で電撃結婚しちゃいました♪