三時間待ったが返事はなかった。やむなくホテルに移動する為サイドを上げようとした瞬間…携帯が着信した。

【相模 呉羽】

「呉羽…今、どこだ」
『…ごめんなさい』
「謝らなくていい。悪いのは俺の方だ…ちゃんと話をさせてくれ、君に言わなければならない事がある…だから…」
『ごめんなさい…巽さん…ごめんなさい』

囁くように何度も繰り返される言葉に、絶望にも似た喪失感に支配される…。

「…呉羽……呉羽…俺では…やはり足りないか?君の傍にはいられないのか?」
『っ……』
「俺の事は欠片も想ってくれていない?」
『ぁ…っ』
「これから先も君が俺を想ってくれる可能性はないのか?」
『ゎ、たしには…っ』
「どんなに君を…大切にすると…変わらず傍にいたいと願っても、そのチャンスもくれないのか?」
『っ……ぅ』
「…呉羽!?」
『…っ…』
「呉羽…どこだ、家にいるのか!?」

急くように車を降りて部屋に向かい、迷いなくドアを引くと、容易に開いた。

「呉羽!」
「った…つみさ……」

目が真っ赤になるほど泣いたのか?ギリギリと絞め上げられるような痛みに苛まれる。

「呉羽」

確かめるように触れようとした指先に、呉羽が身を竦めた。拒絶――伸ばしかけた指先をゆっくり戻す…握った拳に悔しさを込めた。

「ちゃんと聞いてくれ…君に会って、直接言いたかったんだ」
「…っも…いいです…」
「よくない」
「イヤ…なんですっ…も…イヤ…」
「呉羽」
「そんな…風に、呼ばないで……もぅ…」
「君が何と言おうが俺は君を諦めないし、逃がさない…」

迷わない…手に入れる。俺を拒絶する心ごと全て…。
戸惑いなく触れて、しっかりと腕に抱き締める。

「呉羽…君が大切なんだ…。見ているだけでは足りなくて、会ってあるだけでも足りなくなって…君を知れば全て欲しくなった」
「っ……」
「俺は君には相応しい男ではないかもしれない…昔の男に嫉妬して、狭量で醜悪極まりない…君のように綺麗な心は持っていない。それでも…もう無理だ…君から離れる事も忘れる事も…出来ない」
「巽…さ……」
「君が…好きだ……愛しすぎて…どうにかなりそうだ…呉羽…」

腕の中の温もりが胸を押し返した。
叶わない…呉羽に…届かなかった……。
ゆっくり腕から力を抜いていく。呉羽はゆっくり顔を上げた。

「…ホン、ト…?」
「呉羽…?」
「ホント、に…そう思ってる?」
「君に嘘を言った事は一度だってない…これからもあり得ない」

まだ…勝算はあるか?

「俺の部屋で…俺が帰るまでに何があったか教えてくれないか?」

腕に閉じこめたままの呉羽から一部始終を聞いた。木下との話も…一部だが耳に入ってしまった事で大きな誤解を生んだようだった。

「…だから……もう…私……」
「すまない…木下の言葉も嘘ではない…だが一週間と続いた事はなかったんだ。あの女はマンションの大家の姪だったらしく、大家から鍵をもらったらしい」
「…そんな事、出来るんですか?」

驚いている呉羽だが、ありえないに決まっている。

「常識的に考えてありえないだろ。即日退去の上、弁護士を使う事にした」
「退去…」
「賃貸や分譲はマスターキーを赤の他人が持てるから、買ってある土地に家を建てる事にした」
「そうすれば自己管理ですね」
「ああ…だから新しい家が建つまで泊めてくれないか?」
「え…?」
「建つまでは宿なしなんだ」
「こんな狭いところじゃ…巽さんには…」
「呉羽がいるなら車上生活も出来そうだ」

少し強引に押せば、呉羽は承諾してくれた。

「明日、一緒に会社に来てくれないか?」
「私が…巽さんの会社に…?どうしてですか?」
「君の意見を聞きたくてね。俺より女の子の呉羽の方が適任だと思うんだ」
「時間って、いつ頃ですか?」
「まだ未定なんだが、迎えをやるから。木下には俺から断りを入れておく」

素直に頷く呉羽に、一番訊いておきたい事があった。

「呉羽?」
「はい」
「俺と鬼頭と…どちらを選ぶ?」
「え!?そ…んなの………です」
「すまない、よく聞こえない」
「っ…た、巽さん…に決まってますっ」
「好きだ、呉羽」

ただ真っ赤になって頷く呉羽。泣かせたくはないが虐めたい気分にさせられる。

「呉羽の声で聞きたい」
「っ……き……好、きです…巽さん」
「省吾」
「好きですっ省吾さん」

抱き締めた温もりの一部が背中に回される…こんな至福を…俺は知らない。


呉羽は多くの初めてを俺に与えてくれた。俺も呉羽に多くを与えられる存在に…なれる事を願って、努力を惜しまず大切にしていくと誓う。
一目惚れした君に……。