自慢じゃないが、俺の嫁さんは誰もが羨む敏腕美人秘書。ってか自慢なんだけどな。

ここに来るまで紆余曲折あったが、俺…及川輝一と東雲初音は無事、誰もが認める夫婦に。
と言いたいとこだが、披露宴前にゃ付き合いのあった女のうちの一人が押し掛けて一悶着。
【秘書なんて大した事ないんでしょ!?】
そう言ったが、初音本人を見て愕然。パーティーやらの時、初音を始めうちの秘書共は、すぐに駆けつけられる程度に離れたところにいるから、初音も秘書だとは思われていなかったようで。
しかもそいつは初音の事は以前から知っていた。静かに佇み、男共に声を掛けられてもきっぱり断るが、ツンケンしたところもなく(俺にはツンツンしたりするが…)、スーツをバシッと着こなす姿にどこのご令嬢かと思っていたとか。
一度、あるパーティーの際には助けられた事すらあったらしい。
それ以来密かに憧れていたそうで。

兄貴の計らいでイギリス出張を兼ねてハネムーンを終え、また仕事に戻ったが職場では相変わらずの初音。公私の区別をはっきりさせている初音は、やっぱり相変わらず年寄り役員たちを唸らせる。俺にしたら不満以外の何物でもないが。

「新大卒求人の話、聞いたか?」
「はい、今年は二十倍だそうですね。業績も待遇もうちはかなりのものですから」
「希望者の卒業見込みの大学はお前の母校の連中が半数以上だ」
「社長始め、うちの母校からの入社が立て続いていましたから、贔屓があるとでも思っているんでしょうか」
「んなわけあるか」
「社長も経済誌のを飾りましたし、今や優良企業ですし」
「それだけじゃねぇ」
「副社長の…」
「お前目当てに決まってんだろっ」

兄貴と俺が経済誌の特集に取り上げられた際、初音もインタビューを受けていた。写真は拒否っていたが、兄貴に言われて俺たちとのスリーショットが掲載された。

反響は凄まじく、初音が旧姓【東雲】で載った事も影響したのか、ヘッドハンティングやアポなしでの初音への面会に、沢木は初音の秘書のように断り続けた。後日、大学の先輩でKAIコーポレーション社長のおかげで、初音が俺の嫁さんだって事が知れ渡った。甲斐先輩は俺たちも載った経済誌【executive NewS】の常連掲載で、ついでに話をしてくれたらしい。
甲斐先輩の嫁さんが初音を慕ってる事から、嫁さんからも頼まれていたようだ。
それでも求人に影響は出ている。俺たち本社の求人は営業に五、総務に三、秘書に二で、各支店へは営業と総務に二・三程度だ。ところが本社希望が定員の二十倍て……しかも九割男かよ。

「人事は悲鳴を上げていました。書類選考だけでも一苦労だと」
「秘書課じゃなかったら内定蹴るやつもいるだろうよ」
「秘書課は寿退社が三人続いていますし、専務の第一秘書も五月いっぱいですから」

休日でも接待やらに付き合わされる秘書は、結婚した女には向かないらしい。何せ旦那といるよりも長い事一緒なわけだし、旦那の事よりも付く相手をよく知っていないと務まらないケースが多いからな。
その点、俺と初音は公私共にパートナーなわけだから、全く問題はなく、寧ろ理想の形だ。

「ぜってぇ秘書課に男は入れてやらねぇ!」
「またそんな事を…私は秘書課所属じゃなくて、沢木君共々新設の副社長室になったじゃないですか」
「秘書課長兼任だろ」
「そうしたのはどこの誰ですか」
「あ~俺だ俺っ!仕方ねぇだろ!前任のお局秘書は晩婚寿退社だ。元々キャリアがあって有能なのはお前しかいねぇんだよ」
「佐久間さんは優秀な方ですよ」
「お前の指導係だったからな。俺に怒鳴りつけたり蹴り飛ばしたりすんのは、佐久間のババアとお前だけだ」
「そうでしたね」
「まぁ定年じゃなく寿でよかったってやつだ」
「そんな言い方は失礼ですよ」

古株で四十過ぎ、五十目前だった佐久間は俺の親父の第一秘書だった。第二秘書だったお袋と結婚してからは、佐久間自ら空席だった当時の副社長の秘書に収まった。

「沢木君にも指導を担当してもらう事にしました。石田さんも補佐に付きますから、当分は私と沢木君が交互に付かせて頂きます」
「沢木に任しとけ。アイツ、そんくらい出来んだろ」
「負担が大きすぎますから。気に食わないなら副社長が自ら指導なさいますか?」
「それもいいな。沢木以上にイビってやる」
「おやめ下さい…誰もが沢木君のように打たれて伸びるタイプではありません」

沢木は俺がイビればイビっただけ成長しやがった。予想外だったが、アイツがいなきゃ初音とこうはならなかったかもしれねぇしな。

「これ以上、秘書野郎増やして堪るかっての」
「寿退社がない分、長く勤めてもらえる可能性は高いですよ?」
「やっぱ秘書は嫁さんにやってもらうのが一番だな」

面接当日…面接者は書類選考で篩にかけても三十人。ウンザリだろうな…とか他人事に思っていたら、兄貴から同席を命じられ、やる前からウンザリ。
面接に使う小会議室には初音も付くって兄貴が言うから、渋々席に着く。その斜め後ろ、腕の届く距離に初音は立った。距離を確かめる為にその手を握る。すぐにきゅっと握り返されて、俺はまた力を込めた。

「輝一、面接が終わってからにしてくれないかな?」

咳払いと共に兄貴がちらりと俺を見る。肩を竦めて名残惜しげに手を離すと、兄貴の秘書が一人ずつ呼び入れた。どの面接者も緊張しているが、入ってすぐ初音の姿を見て余計に緊張が増したようだ。

「志望の動機は?」

定番の質問だ。

「御社の事業の……」

お決まりのうちの業績やうち一番の部門を誉めて、その一翼を担いたいと言うやつばかり。

「秘書の東雲さんに憧れまして、東雲さんのご指導の基、東雲さんのような優秀な秘書になりたく……」

な~んて堂々と宣う奴までいたが、初音は表情一つ変えない。クールビューティと言われるだけある…さすが俺の嫁さん!

「東雲さんに憧れて…」
「東雲さんのような秘書に…」
「東雲さんのような優秀な人材の多い御社で…」

ほぼ初音目当て。俺のイライラも限界。テメェら…旦那で副社長の俺をよくも軽くスルーしやがったな…。

「輝一…あと半分だから」
「だぁ~!我慢出来っかよ!!俺スルーか?スルーなのか!?」
「副社長…落ち着いて下さい」
「初音っ!落ち着けだなんてよく言えたなっ!どいつもこいつもお前目当てじゃねぇか!あいつら!初音が俺の嫁さんだってわかってんのか!?あ”ぁ!?」
「輝一…面接者は終わってもまだ隣で待機中だ。威嚇するような事を言わないように」
「面接に来るくらいですから【executive NewS】も毎回愛読している事でしょうね。そうでなければどの面下げて我が社の面接に来れるでしょうか」