私が彼や彼に関わる人に迷惑を掛けてしまうなら…傍にいてはいけない気がして。
現に伯爵夫人はウィリアムの未来の妻の事でやきもきさせられていて、伯爵夫人が相応しいと思った方を会わせてみれば私が彼の隣にいて…。
でもそれも終わり。魔法は溶けてしまったから…だから終わり。ウィリアムは夢の王子様…あの生活も少し疲れてた私が見た夢。


時差ボケを抱えながら重い足取りで家に帰った。

「久流美っ!」
「心配したのよ!?」

お母さんとお姉ちゃんに出迎えられ、怒られながらも無事でよかったと抱き締められた。向こうの空港で簡単に選んだおみやげを渡して部屋に戻る。
スーツケースは仕方なくウィリアムの私邸に置き去りにした。私を辿れる物は入っていないから、きっと処分してくれるはず。
まだ営業時間中だったから、すぐに会社に電話して明日から出勤すると伝えると、課長はとんでもなく喜んでいた。この二週間ばかり、いろいろと苦労があったらしい。

翌日は休み明けと言う事でシフトは中番。出勤後はこの二週間の出来事を課長や同僚から代わる代わる報告を兼ねてグチられ、半日が終わってしまうほどだった。
私以外にもカスタマーサービスには英語の出来る人は何人かいるけど、常連のお客様には私をご指名下さる方々もいらして。代わりに伺って私じゃないと文句を言われた人もいた。


それからはイギリスでの生活がかなり役立って、応対の幅が広がった気がする。これまでは聞き返してしまう事もあったけど、それがなくなってスムーズに話が出来るようになった。新たな自信になったお陰で、社内の従業員から毎月選ばれているMVPに名を連ねられるようにもなれた。
以前ならそれで十分に満足した日々だったのに…帰ってきてからはそれが辛くて仕方ない。給与が上がっても、誰に誉められても…嬉しくもなかった。

「一人で暮らす!?」
「今更何言ってんの?私が言った事気にしてるなら…」
「そうじゃないの」

「じゃあどうして…」
「イギリスにいる間にいろいろ考えて、ね?だって彼が出来ても連れてこれないじゃない?」
「久流美…動機が不純すぎるわ」
「それは冗談だけど、一人で暮らしてみないとわからない事って多いでしょ?私も仕事柄、そういう理解も必要じゃないかと思って」

黙って聞いていた父は好きにしなさいと言ってくれた。
自宅から近いアパートに一人暮らしを始めた。始めのうちは心配した母や姉が毎日のように来てくれてたけど、それも二週間だけ。私はやっていけると思ったみたい。
イギリスから帰って一ヶ月半、一人暮らしを始めて一ヶ月…どんな人よりもウィリアムに会いたい…。声を聞きたい、抱き締めて欲しい―けど虫の良すぎる話。私から黙って離れておいてそれは勝手すぎる。

「ウィリアム……」

空しく響く彼の名前…私は初めて声を上げて泣いた――。