僕ら家族は仕事の関係で、数十年、この東京で過ごしていた。

僕の母さんの妹が、直子のお母さんだ。いわゆる従姉妹(いとこ)という奴だ。


小さな頃から、夏休みになると決まって、母さんの故郷の山口に帰って、直子の家に泊まる。

直子の家には、直子のおばあちゃんとお母さんお父さん、
直子の弟、卓(スグル)が住んでいる。


だけど、この夏は直子だけ、高校進学のご褒美として、東京見物が許されたのだ。


直子と僕で、
新宿のアルタ前を歩いていると、

スーツ姿の若い男性が、僕らに声をかけてきた。

「すいません。ちょっといいですか?」

あまりにも物腰が柔らかかったから、つい僕らは立ち止まってしまった。

渡された名刺にはこう書いてあった。


スターライトエージェンシー  マネージャー 高倉 健吾


「スターライト、エージェンシー!?」

名刺を見て、僕と直子は思わず声を上げてしまった。

大手芸能プロダクションで、スターライトエージェンシーと言えば知らない人はいなかった。


モデルから女優まで、幅広いタレントが所属していて、

「あっ!」

直子が見上げたそこに写ったのは、アルタ前のオーロラビジョン。

今、月9ドラマの宣伝がやっていた。


「希望のリグレット」というドラマの主演女優は、
スラーライトエージェンシーに所属している末松雅美だ。



「今日は、保護者の方はいらっしゃらないんですね」

「はい」

唖然としている直子の変わりに僕が答えた。


「よかったら今度、私の事務所に、保護者の方と一緒に来ていただけないでしょうか?」

「え?」

かろうじて直子が答えた。

「もちろん、交通費はこちらが負担します。あなたに、ぜひ女優の仕事をしていただきたいんです」


「わ、私、な、直子です」