直子はこの夏休みを利用して、

僕ら家族の住む家でこの東京に上京して、一夏を過ごす予定だ。

ずっと行きたがってたディズニーランドやディズニーシー、
渋谷や原宿、新宿。
とにかく、直子はこの都会の情報を、その大きな瞳に吸い込もうとしている。



「タクミー! 早く、早く!」

人ごみの中から良く通る甲高い声。

小田急線新宿駅の改札口を抜けた直子は、
急ぐ気持ちをおさえて、僕に振り返った。

真っ白い手が、まるでうちわのように揺れている。

「おい、迷子になってもしらねえぞ!」

「卓美が遅いんじゃない!」

「切符を入れる順番ってものがあるんだよ!」

「いまどき切符なんか使ってる卓美が悪いんじゃない!」

直子は一丁前に、TASUPOのカードを手にはさんで腕を組んでいる。

僕は少しむかついて軽く頭をひっぱたいた。

「イタッ! バカ!」

直子は思いっきり僕の足を蹴り上げた。

「いってー!」

イタズラすれば何倍にも返ってくる直子のことは知っているが、
毎度毎度、やったあとに後悔する。

痛がっていると、直子はもう前を歩いている。そして、新宿アルタ前の景色を眺めて、絶句していた。

「すっごーい!」

そんな直子の感動した表情を見ていると、僕は足の痛みも忘れて見つめていた。

低い鼻、

大きな瞳に、

形の良い眉、

少しだけ厚い唇。



親戚みんなが、直子の将来に希望を持っていた。

この子はとびっきりの美人になる。

誰もが口を揃えてそう言っていた。


直子と写った写真が友達に見られると、みんな紹介しろとせがまれた。


そんな直子が、僕にとっては少し自慢だった。

直子自身は、その低い鼻が、とても嫌がっていたけど、
それが逆に人としての愛らしさとなっていた。


整形を加えた機械みたいな美人よりも、
僕は直子の低い鼻が好きだった。