「去年の6月、母親がもうこの世にいないことを知った。おばさんから聞かされた。顔も知らなかったし、俺を捨てたことを憎んでた。けど、それだけじゃなかった。それでも、思ってたんだ……」
“いつか、会いたいって”
消え入りそうな掠れた声で、先輩は言った。
それを聞いた瞬間、私の目からは涙が零れ落ちた。
「恨んでるくせに、心のどこかで会いたいって思ってた。……俺にとっては、たった一人の母親なんだ。会って、聞きたいことが山ほどあった。でも、もう叶わない。俺は、ずっと……いらない子供のままなんだ」
静かに、先輩は泣いていた。
うつむいた顔は髪の毛に隠れて見えないけど、それでも泣いているのがわかった。
私が泣いている佐伯先輩を見た6月のあの雨の日に、きっと佐伯先輩はお母さんのことを知ったんだということも、なんとなく察した。
涙で歪む視界には、肩を震わせいつもより小さく見える先輩の姿。
痛々しくて、脆くて、今にも崩れそうだった。
いつも堂々としていて、かっこいい佐伯先輩。
だけど、いつも辛い過去と今を背負って生きていたんだ……。
小さい子供のような頼りない背中の佐伯先輩を、横から優しく、ぎゅっと抱きしめた。



