自宅に戻ると、お帰り、と嗄れた声がした。
もう八十にもなる祖母は、息子夫婦と折り合いが悪く、親類との話し合いの結果、うちにやってきた。
うちは母子家庭で父親もいなく、母と私の二人で細々と生きてきたのだけれど、一人っ子の私に加わり祖母がきてからは、行方知れずの父親名義の家に女三人で暮らしている。
おばあちゃん、ただいま、なんて愛想良く言っていたのは、小学生のうちだけ。
無言で階段を上ると、私は自室の扉を閉めてベッドに寝転んだ。
深く息を吸い込んで、吐き出す。
考えたくもないのに、カナタの顔ばかりが頭に浮かんで、泣きそうになるのを耐えながら枕に顔を埋めた。
元々私は、彼が前のバンドでボーカリストだった時からのファンだった。
そのバンドが解散してRe:tireではギターを弾くと知った時は少しだけがっかりしたものの、一人のファンとして、彼の書く繊細な歌詞や紡ぐ曲の旋律が好きだった。
ある日、あなたの声や感性が大好きです、と記した手紙の最後にこっそりと書いたメールアドレス宛に届いた一通のメール。
『いつも応援ありがとうございます』
丁寧な文章。あの頃のカナタは、なにに対しても一生懸命で、当時付き合っていた彼氏とは全く違うタイプに映り、私にはとても新鮮だった。
メールのやり取りが、数往復。
その後何度か会ったけれど、身体の関係を強要される事もなく、彼は硬派だと思った。
『俺、ハルが好きだ』
Re:tireの初ライブの後の帰り道でカナタに告白をされた日の事は、今でもはっきりと覚えている。
私でいいの、と訊き返したら、ハルじゃなきゃ駄目なんだ、と真剣な瞳で言われた。
それは、もう五年も前の事だった。


