深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~



「捨てたなんて人聞きが悪いな、俺は上に行くんだよ。社長から選ばれたんだ」


──だから、お前もあんなバンドの事なんて忘れて俺の歌を聞いて欲しいんだ。

…カナタの言っている事は、私には理解できなかった。

ジュリの事、才能があるって褒めていたのに。

ズッキーについていくって言っていた頃のカナタは、何処にいってしまったんだろう?

…私はもう、今のカナタの事は好きにはなれない、と悟る。


「私はRe:tireが成長するのを見たかったのに、なんで抜けるなんて言えるの」

「…お前、変わったな。俺の知ってるハルじゃないみたいだ」

「変わったのはカナタでしょう、ジュリもズッキーも心配してたのに裏切ったんだね」


…こんな事を言い合う日が来るなんて思わなかった。

どんなに変わっても、カナタはRe:tireの音楽を愛していると思っていたから。


「私は…カナタが音楽への道を貫いてくれると思ってた」

「俺は今も音楽が好きだよ、Re:tireとは方向性が違っただけだ」


──ハルはRe:tireにこだわり過ぎじゃないのか、どうした?

そう言われた瞬間、心臓がきりきりと痛んで胸が苦しくなる。

ぐっ、と掌に爪先が食い込む程に拳を握り締めて、唇を噛み締めた。

道行く人達が物珍しそうに私とカナタを見た後、それぞれの目的地へと足を運んでいく。

真っ青な快晴の日。

五年前、この近くのライブハウス前で告白をされた時の事を思い出す。


『俺、ハルが好きだ』──


あの頃と、現在は違う。

私とカナタは、違い過ぎてしまった。

東京の街を背に、私は固い決意を決めた。

息を吸って、三秒。


「指輪は別の人にあげて」


…後悔は、なかった。