紙一枚の、簡素な儀式。

きっと、結婚なんてこの地球上にしか通用しない。だから、大して意味はないのだ。

何度も何度も、自分に言い聞かせる。


"女の幸せは、やっぱりドレスを着た時なんだね"

"ハルもいい歳なんだから、彼氏と結婚しなよ"


お節介な友達の台詞が頭の中を迂回する中で、私はのし掛かってくる重みに瞳を細める。


「もう一回、やろ」


私の返事を聞くまでもなく、心の隙間から侵入してくる甘えた声の彼。

重ねる身体から情欲が消えた訳でもなく、唇から洩れた訳でもない。

ただ、自分の生き方は本当にこれでいいのかと、ほんの僅かに考えるだけ。

それも直ぐに激しい律動に掻き消されて、私は白い世界に呑まれる。

カナタとの身体の相性は抜群だ。

喧嘩をした時、何度も別れそうになった時も、こうして行為を重ねると、彼の元へと孵ってしまう私がいる。

スプリングの軋む部屋で、呼吸だけが絶えない。

うつ伏せになって腰を上げ、空虚に突かれて絶頂に達し、肢体だけは満たされても肝心なものはカラのまま。


──私を、助けて。


本当の私は、こんなにも叫んでいる。

…届かない事も、知っていながら。

再び仰向けになって一際大きく揺さぶられた瞬間、携帯の着信音が響き渡る。

カナタの携帯だ。

あ、と間抜けな声を出して、慌てて通話をはじめる様子を見るとどうも憎めず、だらだらとこんな関係を、五年間。

我ながら辛抱強い女だと思う。

…カナタには他にも女がいっぱいいる、なんて知り尽くしていても離れられないのは、愛情なのか執着なのか、もっと質量の軽いなにかなのか、もう自分でも解らなかった。