…そう、決めたのに。
「久しぶりだな、ハル」
「……カナタ」
職場からの帰り道、交差点の前で待ち伏せをされていた。
ファーストフード店の看板の下に設置してある喫煙所の灰皿で口にくわえた煙草を揉み消して、近づいてくる。
人並みの中でも一際目立つ銀色の髪。
細身のスキニーパンツのポケットに片手を入れて、カナタは小さな包みを取り出す。
二歩、前へ。
そして私は、合わせるように後ずさりをする。
「俺、Re:tireじゃなくて、別のバンドで歌う事にしたよ」
歌う、と言われて、心臓が跳ねた。
…別のバンド、ってなに?
──ボーカルに戻るんだ、お前が好きだって言ってくれた頃の俺に。
レコード会社の上役の口利きで、デビューさせて貰える事になったんだ。
「だからやり直そう、じゃなくて、結婚してくれ」
「…、結婚…?」
頭が真っ白になって、まるで時間が止まったかのように周りの景色がゆっくりと廻っていく。
差し出された四角い包みの中身は、きっと指輪なのだろうと確信をする。
ボーカル。
デビュー。
…結婚。
私が一番、願っていた事。
「…カナタ」
彼の顔を見ると、以前と少し違う笑顔。
「ハルと幸せになりたいんだ」
この前までの私だったなら、こんな違和感は覚えなかったかもしれない。
素直に指輪を受け取って、よかったね、幸せになろうねって、泣きながら喜んでいたと思う。
でも今の私は、怒りのほうが大きかった。
「自分だけデビューする為に…Re:tireを捨てたの…?」
Re:tireがデビューするっていうのなら、私は手放しで喜んで祝福していた。
だけどカナタが選んだのは…大人の事情が絡んだ、人為的に舗装された綺麗な道。


