贋作の絵画のように、偽りの関係は直ぐに剥がれてしまう。
何処までの線引きをするか、見極めは重要だ。
哀しいのは保身第一で信用を投げ出した自分なのか、気づかずに踏み入って来る相手なのか、定かではないけれど。
「あれー?タチバナさんじゃない?私、わかる?」
それから時間は経ち、数ヵ月前。
まるで親しかった旧友のような口振りで近づいてきたミヤガワサクラの顔を見るまでは、自分の過去についてはすっかり忘れていた。
社会に揉まれて毎日が忙しく、学生時代なんて削除候補のカテゴリーにしまい込んでいた私にとって、同級生との職場での再会は正直、苦痛だった。
愛想笑いが巧く出来ていたとは到底思えないものの、今日から入社なの、宜しくねー、なんて声を掛けてきた彼女に複雑な思いがした。
サクラでいいよ、と言われたから、サクラさん、と呼ぶ事にしたのだけれど、同い年の私にさん付けをされて気分が良いのか、またはちょっとした嫌がらせだったのか。
あげる、と言ってデスクに置かれた私が苦手な類いのブラックコーヒーは、今も飲まれる事なく冷蔵庫の奥に眠っているのだった。
彼女は一児の母になっていたものの、外見は高校時代よりも更に派手になり、長い爪に腰までの髪、禁止されている香水を振り掛けてオフィス内に出社して来るような女だった。
子供なんて産まなきゃ良かった、なんてテレビ番組の軽い話題みたいに笑いながら煙草をふかす様子を見ても世間が黙っている理由は、彼女の父親がナントカ物産の大社長だから、だと思う。
彼女は食べていく為に働いているのではなく、娯楽の為に、良い男を捕まえる為に働いているのだ。
社内で課長候補の男性と不倫をして、同僚の若い男の子何人かとも関係を持っていたらしい。
だから、サクラさんがカナタについて訊いてきた時は心臓が止まりそうなくらい驚いた。