華やかな魚達が並ぶ平面世界に突如として現れた深海魚の衝撃を、今でも忘れない。

厚地で表紙の硬い生物図鑑のページを捲りながら異質なグロテスクを眺めていくと、目にするどれもが、奇妙で闇の番人のような姿をしている。


「この魚達…海の底で、なに考えながら生きてるんだろうね」


恐ろしい顔をして、紅い目で、ツノのようなものを持った不思議な生き物を指差して、私は彼氏であるカナタに訊いた。

相変わらずお前は面白い発想するよな、と笑われると、少しだけ不意を突かれた気分になる。

ハルは、幼稚園児がクレヨンで描いた絵みたいな性格してる。私は以前、カナタにそう言われた。


──お前は馬鹿正直で、素直。見た目からは想像がつかないな。

その台詞、そっくりそのままあんたに返すよ。


そんな会話を、ベッドの上でお互い裸のまま繰り広げているのだから、これは中々のシュールタイムだ。


渇いた煙草の縁で、カナタは、とん、と図鑑を指して言う。


「光の届かない場所にいるから、歪み放題。でも本当は、割といいやつらだったらどうする?」

「いいやつらって…魚は喋らないんだから、善いも悪いもわかんないよ」


弱肉強食。自然は、容赦なく日々を裁いていく。それに、この魚達には個々の名前なんてない。

動物として個性を持てるのは僅か一握りの飼い犬や飼い猫だけ。ポチとかタマとか…

私達も、同じ。

結城 彼方(ユウキ カナタ)と、立花 春(タチバナ ハル)と称され、ニンゲンという生物として生きている。

…否、"生かされている"、と感じてしまっている。