だと思ったんだけど。


「いや、あたし、大学はいかないよ?」

「へ? うそ?」

「ほんとほんと。あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ! ってことは……まさか就職?」


そんなまさか。紗弥が高卒で働くだなんて、思いもしなかったけれど。


「違うって。あたしまだ働くのって無理だと思うから」

「だ、だよね……びっくりした。先にオトナの階段のぼられるかと……」

「あはは。あたしたちって、おばあちゃんになってもその階段のぼれてなさそうだねえ」


紗弥がへらっと笑って両手を振った。その指先は、少しだけ荒れている。

かわいい紗弥はオシャレが大好きだ。だけど指先……爪にだけは、絶対に飾りをつけようとしない。

ぶさいくに短く切られた爪の、ちょっとカサついた指先。


「あたしさ、専門行こうと思ってるんだ。製菓の学校。親にももう、許可はもらってる」

「専門……?」

「うん。いろいろ探してて、まだここっていう的は絞れてないんだけどね。パティシエ目指せること」

「パティシエ……お菓子のシェフだよね」

「あは、その言い方なんか千世らしいね」


笑顔の紗弥に、笑い返せはしなかった。

だって、ちょっと、びっくりしたんだ。


紗弥の趣味がお菓子づくりなことは知っている。そしてそのお菓子を食べるのが趣味なわたしは紗弥の腕前がどれほどすごいかも知っている。

部活も調理部。週2回しかないそれを、休んだことは今のところない。

お菓子づくりのために爪はいつも短かった。かわいいものが大好きな紗弥は、でもネイルにだけは手を出さない。


知っていた。紗弥が、お菓子づくりが大好きなこと。

でもまさか、それを仕事にまでしようとしていたなんて。趣味で終わらせようとは思っていなかっただなんて。

知らなかった。と言うか、わたしには、考えもつかないことだった。