長く喋っているせいか、安乃さんの呼吸は少し苦しげだった。
だけどなぜだか、表情はずっと、何よりも穏やかなまま。
泣きそうになったのは、どうしてかわからない。ただ、無性に胸が痛くなって、大声をあげて細い腕を掴みたくなって。
きっと、今にも、安乃さんが消えてしまいそうな気がしたから。
ふわっと透けて、どこか遠くへ。わたしの知らない場所へ、消えてしまいそうな。
「千世さん。私の今の願いはね、主人と、同じところへ行くことです」
とても優しい声に、ぎゅっと唇を噛んだ。
そっか。だから。
「…………」
安乃さんはもう、あと少しで、本当にわたしの知らないところへ行ってしまう。
それは、わたしが手を伸ばしたってどうにもならない。
どうにもならないし、安乃さんは、伸ばしたってその手を掴んだりはしないんだろう。
道の終わりと行き着く先を、きっともう、知っている。
「千世さんには、夢はありますか?」
「……え?」
「私が常葉さまにお願いしたのと同じような大切な夢。千世さんにも、あるんですか?」
少し、考えた。考えて、首を横に振った。
でも安乃さんは、いつかの常葉みたいな失礼な反応はしなくて、「そうですか」と呟いただけだった。
「千世さんはまだ、探しているところなのですね」
「常葉にも夢を持てって言われて、色々考えているんですけど、なかなか見つけられなくて。わたし、得意なこととか好きなことも、全然ないし」
「そうですか。じゃあ、千世さんは、5年後、10年後、どういう自分になっていたいですか?」
いつの間にか俯いていた顔を上げてみた。わたしが目を合わせるのを待っていたみたいに、安乃さんが微笑んだ。
「難しいことじゃないんですよ。何ができるかとか、どうあるべきかとか、そういうことは何も考えなくていいんだから。大切なのは、たったひとつです」
「……ひとつ、って?」
「どうありたいか、っていうこと」