そんな葛藤を見透かしたのか。五月女の手が、スルリと撫でるように下に下がって、親指が唇に触れる。
本当にこの三年、浮いた話がなかったのだろうか。それが嘘に思えるほど、とても手慣れたしぐさだった。
こいつ、周りにバレないようにうまく遊んでたんじゃないの? しかもそれなりの場数を踏んでる。そんな変な勘繰りをしてしまうほど、なぜだか目の前の男の過去に嫉妬していた。それくらい、私はも五月女に惹かれているのだ。
「沙織さん」
何度私の名前を呼ぶんだろう。そういえば、いつからコイツは私のことを名前で呼ぶようになったんだっけ。それを私に気付かせないくらいの、周到さに頭が下がる。
少し掠れた懇願するような声でさえ、意図的に作られたもののようで。自分の仕草が、声が、表情が、相手にどう思わせるか知り尽くしているようにさえ思えるのだ。
「さおとめ、は」
唇に五月女の指の感触を感じながら、なるべく唇を動かさないように声を出す。
そうしてしゃべっているというのに、唇に伝わる温もりが、嫌でも五月女を意識させる。
「ん?」首を傾げた拍子に、長めの前髪が少しだけ前に落ちた。
それが何とも言えない色気を感じさせて、意味もなくゴクリと唾を飲み込んだ。
「なんで私を好きなの?」
「……」
その私の質問に黙り込む五月女のことが不思議でならない。
あれだけIDDMの私でも支えられると豪語しておきながら、根本的な質問には即答できないなんて。一体どういうことなんだろうか。


