糖度∞%の愛【改訂版】



「沙織さん」


言いながら距離を詰めてくる。
それに気づいて慌てて一歩下がろうとする足を、意地でその場に留めた。
私は一応コイツの先輩だ。しかも、こんなところで逃げようとする、か弱い女だと思われるのはプライドにかかわる。


「返事」


大きな手がスッと伸びてきて、頬に添えられる。
一瞬ビクリと震えてしまったのは仕方ないと、無理矢理自分に言い聞かせる。
じゃないと、今すぐにプライドも何もかも捨てて、この場から逃げ出したくなるから。


「聞かせてくれませんか?」


言葉は丁寧なはずなのに、変な威圧感を感じるのは気のせいだろうか。カラカラになった喉を潤すために、唾をごくりと飲み込む。

見慣れたはずの整った顔が、今までにない至近距離にある。

視線をそらしたいのに、できない。

どうしよう。

今までのパターンなら、とりあえず付き合うのをオッケーしていた。けど、五月女相手にはそれを躊躇ってしまう。
コイツと付き合ったら、もうコイツ以上の男に出会えそうもないと思わせるくらいの、想いをぶつけられたから。もうコイツじゃないとダメになりそうなほど、自分を大切にしてくれると、思わせられたから。
簡単に付き合ってしまったら、私が抜け出せなくなりそうな予感がした。
いつか別れを切り出されたとき、みっともなく縋り付いてしまう自分が容易く想像できてしまったのだ。

そんな自分が自分じゃなくなる恋愛なんて、こわくてできない。

でもそんな自分を見てみたいような、気もする。
だからこそ、一歩踏み出すのを躊躇してしまう。