「あ。」

「ーー神咲さん、ですよね?」

「うん、えと、なに?」

「先生から手伝うようにと」


授業で使う教材を取りに
資料室へ行く途中、
例の留学生と廊下で鉢合わせた。

留学生の名は
メレディス・フォード。

同じクラスだったらしく、クラスでも注目の的で、
絶えず女の子が周りに居た。

皆が名前を囁いていたので、嫌でも名前を覚えてしまったのだ。


「フォードくん、
わたしの名前、
よく知ってたね。自己紹介してないのに。」

「あなたもね。
ボクは.....前の職業柄、覚えるのは得意なんです。」

「あー、わたしは、
クラスの子が囁いてたのが嫌でも耳に入っちゃって......っと、ごめん!
嫌でもってのは別に意味があって言ったわけぢゃないから.....」

「大丈夫、気にしてませんよ。あなたも気にしないで。」


優しく気遣われて嬉しいのだが、如何せん何故か不信感が否めない


「あー、ありがと......」



不信感もだが、
とてつも無くぞわぞわしてしまうのだ。
背中がむず痒いようなそんな気分だ。
それが何なのか分からない。


資料室のドアを開けると、
カーテンの隙間から入る陽に照らされて、ホコリが舞っているのが見えた。
窓を開けて空気を入れ替えたいがどうせすぐ出るのでやめて置いた。

沈黙が続くのが気まずい


「えーと、職業柄ってバイトとか?何してたの?」

「ーー何の職業かは秘密。バイトではないです。
正社員として就職してたんですよ」


「え、だって15歳ならまだ正社員は......」

「あぁ、ボクは15ではないです。
今年23になります。実は、
今回の留学は会社の意向で、特別に高校に行かせて貰ってるんです。」

「へぇ!会社が特別にってのは珍しいねー。あ、実は潜入捜査とか?
フォードくんはスパイだったりしてー.....」


つい先日見たドラマの影響だ。
スパイなんて身近では起こり得ないだろう......多分。

言い切れはしないが......この世に魔女が居るくらいだし。

「っ!?」

「なんちゃって!なわけないよねーー!!にゃはは冗談....え?」

おれの冗談に
フォードくんの整った顔に一瞬動揺がみえた

「.....失礼。
突拍子もない話で驚きました。sorry!」


「あ、うん....いや、こっちこそごめん」


何がいけなかったのかもわからないまま、思わず謝ってしまった。


「いいえ。
ーーあ.....髪に、何かついてますよ。」

「え、どこ?とれた?」

言われ、髪を触るが
鏡が無いので
何がついて居るのか、取れたのかさえわからない。


それを見兼ねたフォードくんが、
そっと襟にかかる髪を触り、
何かをとってくれた。


「失礼、ーーーー取れましたよ。
ーーあなたの髪はまるで絹のように繊細で滑らかで美しいですね」


「うぇ!?」

一房の髪の毛を撫でるとそのまま口元に持って行き.....口付けた

突然のことに、反応出来ずに固まっていると


「それにとてもいい香りがしますね。ーーせつら、と呼んでもいいですか?」

「は........いぃ!?」

最後のトドメと言わんばかりに
さわやか笑顔と共に囁かれた。

途端、
背筋がぞわぞわとし鳥肌が立ちそうになった。



ぞわぞわしていた意味がやっとわかった.....。

おれは.....
こういう人種が一番苦手なのかもしれない
胡散臭い上にキザっぽい。

普通の女の子なら、
メロメロのノックアウトだろうが

残念なことに
おれは男だから、
気持ち悪い事この上ない。

こいつとは絶対に合わない、そう感じた。







*******





暗闇の中、
煌々と光る画面を前に
男はキーボードを叩いた。

カタカタと音が質素な部屋に響く。

「ーー"神咲せつら"......神咲財閥の娘ーー特には何も無しか......」

ヴヴヴと携帯が振動して着信を知らせた。
男は間髪無く画面を押し、耳に当てた。

「ハイ。サンチェス、どうだった?」

『ーー普通の女子高生だな。
あ、ただな、神咲財閥のデータで機密扱いのデータがあったんだが、
なぜか削除されてるみたいなんだ。』

「そうか。
ファイルツリーは見たか?」

『あぁ、それすらも消されてた。
とりあえずこちらでも調べてみるがそっちでも調べてみろよ』


「あぁ、言われなくてもそうしてる。
とりあえず仕込みはしたから、少しの間様子をみるさ。」

男は電話を切ると
ヘッドフォンをつけた。

『・・・・怜・・・・宿題・・・やってく・・』

『せつ・・・自分・・やりまし・・ね。身に・・・ませんよ・・』


ノイズと共に声が流れ、
男はそれを聞きながら
思い耽っていた。