「何か考え事?」


下から覗きこむようにして見つめられ、不幽霊のようにどこかを彷徨っていた僕の中身が戻ってきた。



年が明けてまだ十時間も経っていない朝の時間に、僕たちは初詣にやってきていた。

伊勢神宮での初詣も考えなくはなかったが、あの人混みを想像しただけで自然と足は遠のいてしまった。

伊勢神宮の内宮と近い位置にある猿田彦神社へと僕たちは向かったのだが、それでもたくさんの人で神社は賑わっていた。


「別に、何でもないです」


僕の言葉に「そう」とだけ返事をし、嬉しそうにつぐみさんは周りを何度も見ながら歩いていく。

一週間前に決まったこの時間、僕は彼女に振袖姿を期待したのだが見事に裏切り、黒のトレンチロングコート姿だった。

しかし、これはこれで彼女を際立たせており、僕の視線を一人占めにするには十分な格好だった。


「そういえば、上越は多摩川でしたっけ?」


境内に向かって先に進む彼女に、早足で追い付いて肩を並べて歩く。

舞台の稽古で鍛えられているためか彼女の歩調は意外にも早く、少しでも考え事をしながら歩くとすぐに離されてしまう。


「うん。

新年早々で大変だろうけど、レースに呼ばれるのは人気と実力がある証拠だから喜ばしいことだ、って嬉しそうに一昨日の夕方に出発したわ」


正月にまで競艇はレースをしているのかと初めは驚いたが、調べてみると全国でほとんどの競艇場がレースをしていて、どうやらそれが当り前のようだった。