どれほど泣いただろう。



どれほど叫んだだろう。



どれほど戒めただろう。



僕には想像もつかなかった。


「そのとき、涙が出てきた」


真っ暗な舞台の中央に立ち、スポットライトを浴びた彼女が泣いている。

そんなシーンが頭の中に浮かび上がり、それを僕はただ見ているだけだった。

すぐ傍で肩を抱くことさえできずに、ただ見ているだけだった。


「あぁ、私はやっぱりここが好きなんだって思ったの。

どんなに辛い思いをしてもここから離れちゃいけないんだ、ここから離れられないんだって。

だから、私は決めた」


窓の外からこちらに振り向く。

彼女はどこかすっきりとしたような表情で、真っ直ぐとこちらを見ている。


「日本中の人を笑顔にはできないけど、それでもこの劇団を見に来てくれる人たちを笑顔にしよう。

それができれば、十分たくさんの人を笑顔にできるから。

そう決めたら、それまでのことが凄くちっぽけなことに思えて笑っちゃった。

どうして、あんなにこそこそとしていたんだろうって。

終わってしまったことだから言えるけど、もっと胸を張って堂々としていれば良かったのにと思えるようになったの」


僕は様々な言葉に胸が一杯になっていた。

フロントガラス越しに広がる夜景が、うっすらと滲んでいくのが分かる。

夜景を滲ませているものも、彼女に見られているのだろうか。



それでも構わないと今は思う。



僕は滲む視界をはっきりとさせて、彼女に向かって言った。


「こんな俺でも胸を張っていいですか」


彼女は優しく微笑みながら頷いた。



そして、それから三日後に僕は新しい働き場所を得ることとなった。